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2つのカオスとTURNSTILE LOVE CONNECTION

2021年にアメリカのハードコア・パンクバンド、Turnstileがリリースした3rdアルバム『GLOW ON』。彼らは本作でハードコア・パンクにおけるサウンドとイデオロギーの双方を拡張した。往年のハードコア・パンクスが無駄を削ぎ落とすことで核心に迫ったのに対し、彼らはカオスの中にそれを見出したのである。本作は先達に宛てたラブレターであり、アンチテーゼである。

彼らのアンチテーゼを語る上で、まずはハードコア・パンクの歴史に立ち返る必要がある。1980年代アメリカのハード・コアパンクを例に挙げよう。公民権運動やフェミニズム運動を経た1980年代初頭のアメリカでは、ロナルド・レーガンが大統領に就任し、白人男性による保守的な体制を復古させた。彼は雄弁に「強いアメリカ」の再建を語り、民衆は幼稚な50年代の空想に浸り、「アメリカの夜明け」と歓喜した。彼は保守主義と新自由主義を混淆した諸改革を急進的に展開していった。しかし、国防費の拡大、一律減税、社会福祉支出の削減、規制緩和などの諸政策は一部の資本家やホワイトカラーのみに利潤をもたらし、労働者階級や貧困層を圧迫する結果に終わった。彼の人気の裏には白人至上主義、キリスト教原理主義、帝国主義、拝金主義、富裕層の賞賛と貧困層への嫌悪、少数企業による市場独占の支持などの保守思想があったのだ。

このような「楽観的なアメリカ」と折り合いをつけることが出来ないマイノリティの存在があった。ハードコア・パンクスだ。彼らはこの惨状をリアリスティックな視点から批判し、「多くの人に愛されるレーガン」の仮面を剥がそうと試みた。徹底して反体制の姿勢を貫き、DIY精神を共有し、ファンジンを通じて強固なネットワークを張り巡らせ、ローカルカラー豊かなシーンを築き上げた。また、彼らはパンクの本質を追求し、それをストレート・エッジやポジティブ・フォースをはじめとする独自の解釈にまで拡張させた。彼らの音楽は「弱者の抵抗の文学」であるのと同時に、「ニヒリズムに陥る若者の啓蒙」として機能した。しかし、西海岸から流入したマチズモと暴力性がローカリズムを腐敗させ、シーンに影を落とす。膨張した帰属意識はシーンの分断を助長し、派閥による内部闘争が生じた。女性や同性愛者などのマイノリティへの嫌悪も加速していく。ギグは暴動化し、警察との衝突も激化。その様子はマスメディアによって報道され、それを見た野蛮なオーディエンスが新たに参入するという悪循環に陥った。聡明な草分けはシーンを見限り、そこにはマチズモと暴力によって歪曲された偶像だけが残った。ハードコア・パンクはその崇高な理念を埋葬し、自らを抑圧、格差、暴力、疎外、差別の蔓延る、陰鬱なアメリカ社会の縮図に没落させてしまったのだ。

Turnstileは2つのカオスの中に、ハードコア・パンクを蘇らせた。

彼らは出自をインターネットに挿し替え、ローカリズムをキャンセルした。匿名性がシーンを包容し、単一民族社会は溶解され、多様なアイデンティティが許容される。彼らは閉鎖的なハードコア・シーンを開放し、万人がアクセス可能な空間に刷新した。つまり彼らはネットカルチャーのカオスをもたらしたのだ。唯一の秩序が「TURNSTILE LOVE CONNECTION」という概念である。この繋がりに関してドラマーのダニエル・ファングは2022年12月、DIY Magazineのインタビュー記事で以下のように語っている。

People meet online and then have these very deep and genuine connections, orientated around a shared experience at a Turnstile show.
人々はオンラインで出会って、ターンスタイルのショーでの共有体験を中心に、とても深い本物のつながりを築くんだ。

「TURNSTILE LOVE CONNECTION」は繋がりであるのと同時に、シーンが共有する倫理観でもある。そしてネットカルチャーのカオスが観測されるのはそのシーンのみにとどまらない。インターネットの登場により、情報発信の速度や自由度が劇的に高まり、創作の民主化がなされた。そこで交差するカルチャーに整合性は取れず、矛盾や混乱を内包する、あるいはそれを前提とする、型破りな創作活動が行われる。それがポスト・インターネットの時代を駆ける彼らの楽曲制作にも影響を与えているのだ。

更に彼らはハードコア・パンクの扇動的な歌詞を埋葬し、それをダンスミュージックに昇華させた。このことは楽曲『T.L.C.(TURNSTILE LOVE CONNECTION)』におけるジャージー・クラブの使用にも表象している。ダンスという、人間に内在する根源的な行為が空間に及ぼす影響については、クラブ/レイヴシーンにおける社会性を参照するのがいい。オーディエンスは繰り出される音に直情的に反応し、空間から他者や意味性を脱落させ、内的世界へ没入していく。このような個人主義的な社会性はマイノリティに対して寛容であり、マチズモはキャンセルされる。(実際にハウス・ミュージックの黎明期を支えたのも黒人のゲイコミュニティだった。)サブカルチャーの担い手は独自の価値観や行動様式を媒介に集団化し、ファッションで帰属意識を標榜する。メインストリームに対する拒絶反応を発露させることで、そこに境界線を引くのだ。しかしクラブ/レイヴシーンにおいて特筆すべき理念は識別されない。無媒介に集団化する彼らのシーンは流動的であり、オーディエンスは千差万別だ。これこそが彼らがハードコア・パンクに持ち込んだ、「クラブ/レイブカルチャーのカオス」である。

彼らはBad Brainsの楽曲を度々カバーしてきた。レゲエやダブの要素を取り入れ、ハードコア・パンクを拡張した彼らの楽曲をカバーするという行為は、まだ言語が確立されていない彼らなりの意思表示だったのかもしれない。彼らがキャリアを通して模索し続けてきた言語がアルバム『GLOW ON』なのだろう。彼らはハードコア・パンクに、ネットカルチャーとクラブ/レイヴカルチャーのカオスをもたらした。「TURNSTILE LOVE CONNECTION」のみで繋がれたオーディエンスが、人種も、性別も、年齢も、社会的地位をも超越した空間で乱舞する光景はカオスであり美しい。Turnstileはあらゆるカルチャーの中でモッシュし、ハードコア・パンクの限界に挑戦し続けるのだろう。

文: Kazuki Kurata (藏田 和氣)

参考文献

行川和彦(2007).『パンク・ロック/ハードコア史』.RittorMusic.

川上幸之介(2024).『パンクの系譜学』.‎書肆侃侃房.

南田勝也(2014).『オルタナティブロックの社会学』.花伝社.

DIY Magazine(2022).『TURNSTILE: IN THE AFTERGLOW』. https://diymag.com/in-deep/turnstile-december-2022-interview (参照 2024-11-29)