
Black Country, New Roadが作り出した新しい道
いつ頃だっただろうか。今はサウス・ロンドンのインディーシーンが最もアツい。彼らこそが時代の寵児だと騒がれたのは。少なくともそれが自分の耳に届いたのは期待を抱き不安を噛み締め、桜の花びらと花粉が同時に舞う大学一年生の4月の時だ。
2010年代後半〜20年代初頭のUKインディシーンの活況の一端を担ったのはロンドンのインディバンドの登竜門的な立ち位置としてBlack Country, New Road(以下BC,NR)やBlack Midi、そしてSquidなどがライブを行いイギリス・ロンドンのブリクストンに位置するライブハウス「windmillbrixton」であることは間違いないだろう。キャパシティは150人ととても小さいライブハウスではあるものの極東の日本に住んでいる「キッズ」たちの耳にもその名を轟かせ、その地に憧れを持たせた。これらの一連の出来事はれっきとシーンを作り上げたという証左であり、永遠に語られるライブハウスになると言っていいだろう。ただ彼らはwindmillで羽を伸ばす訳でもなくお互いに切磋琢磨し瞬く間に世界へと羽ばたく存在となった。
ただ、ここ数年でシーンは急激に変化している。それはサウス・ロンドンシーンも然り。BC,NRと親交も深くコロナ期には共同でライブを行っていたBlack Midiは解散。各々がソロ活動を開始させた。そして、たった数年の出来事でさえもノスタルジアとしてパッケージをしインスタントにただの商材として売り出される昨今に反逆するかのようにwindmillも何倍ものスピードで歯車を回し続ける。それに呼応するかの様にFat Dogといった超新星が出現し彼らがwindmillでライブを行うのにも納得がいく。そして、言わずもがなBC,NRも今作「Forever,Howlong」で変化を厭わず「新しい道」を開拓しているのだ。
と、ここから話を移すのが常套であろう。残念ながら自分はそれは違うと言いたい。勿論彼らは過去作と同様に今作で変化はしている。ただその変化というものは今までバンドが辿ってきた道が外的、内的な要因を持って常に変化を強いられ1「新しい道」を作り続けなければならなかったが故に今作はバンド内での連帯という事により重きを置き、原点に回帰する事を望んだからだ。
ただ、BC,NRは一作目をリリースした時から音楽やバンドよりも、一人間としての友情の方が大事だと口にしている。また彼らを語る上で何度も擦られている言葉ではあるがメンバー内で意見を出し合い、お互いに尊重し民主化のプロセスで楽曲を制作しているのは今も昔もずっと変わらず彼らの哲学としてある。ただ友情や連帯というものがより顕著にサウンドとして色濃く反映されたのは「Forever Howlong」からであることは違いない。多幸感に溢れ、どこか牧歌的で目を瞑れば風の靡く田園風景が最も容易く想像できる。
それとは対極に位置するのは一作目であると言えるだろう。というのもBC,NRはジョージア・エラリー(ヴァイオリン)がエレクトロニックポップ・デュオのJockstrapをはじめとして各々が別のプロジェクトで活動している事もありメンバーは常に違う要素をバンド内に吹き込んできた。そしてそのエッセンスが「For The First Time」では全面に出ており、各々が才能をぶつけ合い常に緊張感が漂いヒリついた雰囲気が立ちこめる。そしてそのサウンドと共にヴォーカルのアイザック・ウッドはまるで一本の細い縄で綱渡りをしているかの様に詩を歌いあげ、時にはいつ落ちるか分からない恐怖に怯え震えた声で歌い、逆に恐怖を飼い慣らしたかと思えばシャウトし救いを求める。ヴォーカル含めプログレッシブに音が展開され、そこに常時あるのは混沌のみだ。だが一糸も乱れぬ美しさがある。誰かが一歩前に出てはいけないし逆に誰か1人が欠いてもいけない。1stアルバムの時点ですでにBC,NRはバンド内の民主化のプロセスを通してオーケストラとも違わない、アートロックを完ぺきに作り上げたのだ。
しかし友情、連帯といったどこか少年漫画の謳い文句のような言葉は1stアルバムでは似ても似つかないのも確かだ。(ただNervous Conditionsの一件でメンバーそれぞれに深い影を落とした事を鑑みれば彼らにとってはサウンドを通じて出来る対話の手法がこれしかなく、皆でぶつかり合うことによってお互いに救いあっていたのかもしれない。)
そして、二作目の「Ants From Up There」では批評家、リスナー共に絶賛の嵐であり、2022年で最高評価を得た。前作と同様、彼らは同じプロセスを踏み制作をしている訳だが一つの大きな変化をあげるするならヴォーカルのアイザック・ウッドがBC,NRのフロントマンになってしまったということだ。それは何故か。制作の過程はいつも通りなのに。もっと言えば皆で三週間ほどロンドンを出て、離島で衣食住を共にし制作したのに。彼らにとって大きな変化はなかったはずなのに。
それは私たちリスナーがアイザックをフロントマンにしたからだ。自分は「Ants From Up There」聴くたび、自分の今まで辿ってきた道を想起し、心揺さぶられ、時に自然と涙を流してしまう。何よりも先にアイザックの「声」が私の身体に入ってくるからだ。それはアイザックが脱退したという前情報を入れなくたとしてもだ。しかしこれはあくまで自分だけの考えなのかもしれない。
ただこの作品が批評筋に限らずリスナーにも広く届いたという事は、現在でも旧態依然としてあるフロントマン、メインヴォーカルを立てバンドを組むという、私たちリスナーが持ち合わせているロックバンドとしての「型」にピッタリと当てはまってしまったからではないかとも考えれる。
「Ants From Up There」では「誰かが一歩前に出てはいけないし逆に誰か一人が欠いてもいけない」中で、メンバーが一歩前に出されてしまうと同時に誰か一人を欠いてしまったのだ。そして貫いてきたはずの民主主義が崩れていくのを目の当たりしながらも、一歩前に出されてしまったアイザックの後ろ姿をみてメンバーはどのように思っていたのだろう。それが言うまでもなく「Live at Bush Hall」そして「Forever Howlong」の楽曲の作り方や編成、音楽性の変化に大きく繋がっていく。
そしてその変化はすぐに現れる。「Live At Bush Hall」の一曲目。「Up Songs」の一番のサビ前。彼らは演奏するのを一度やめ、残ったメンバー全員で高らかにこう歌うのだ。
Look at what we did together, BC, NR friends forever
聴き手である私たちは彼らに一方的に物語を投げつけてしまうのが得意のようだ。自分たちにも、そして私たちリスナーにも訴えかけるように繰り返す。Black Country, New Roadの第二章は皆で高らかに歌うところから始まるのであった。
続く
BC,NRの前身はNervous Conditionsというバンドで活動しており、2017年にはフルアルバムのレコーディングも行っていた。しかし、ヴォーカルの複数の性的暴行が発覚し、リリースは断念。2018年初頭に解散する。そして、取り残されたメンバーのアイザック・ウッド(ヴォーカル、ギター)タイラー・ハイド(ベース)、ルイス・エヴァンス(サックス)、メイ・カーショウ(キーボード)、ジョージア・エラリー(ヴァイオリン)、チャーリー・ウェイン(ドラム)、2019年には新たなメンバーとしてルーク・マーク(ギター)を迎えBC,NRの体制が整う。2020年には「For The First Time」をそして、2022年には「Ants from Up There」をリリースする。
ただ、「Ants from Up There」のリリース直前、 ヴォーカル、ギターのアイザック・ウッドが精神的な理由でグループを脱退。そして、予定されてイギリス、アメリカでのツアーは全てキャンセルになる。そこから現メンバーで3ヶ月ほどでライブで演奏するための音源を作り上げ「For The First Time」「Ants from Up There」は演奏をせずワールドツアーを敢行。そしてそのツアーで演奏した音源を「Live at Bush Hall」としてライブアルバムでリリースする。