
Black Country,New Roadが進む新しい道
みんなで歌う。Black Country, New Roadはその表明を一曲目の「Up Songs」から迷う事なくど真ん中直球で投げ込んできた。打席に立ち、迷いがあったのは私たちリスナーだけだ。あまりにも美しいストレートを放るばかりか私たちは呆気に取られ見逃した。空振りもできずに。それが「Live at Bush Hall」という作品だ。
しかし投手が堂々と開き直る様にはそれなりの理由がある。彼らは「Ants From Up There」リリース直後のツアーはキャンセルしたものの、先の日程のものはキャンセルせず残されたメンバーで新たに楽曲を制作し、ツアーを敢行する事を決断。ただ制作などの期間はおおよそ3ヶ月。時間はない。しかし、彼らはその短期間で作り上げ、ツアーを始動させる。お金を稼ぐためだけにライブアルバムをリリースする輩(別にそれが悪いとは言っていないが)と音楽に対して向き合う姿勢、音源の質も一線を画しているのは言うまでもない。ただ今作の「Forever Howlong」がメンバー同士で積極的に意見交換をし、大物プロデューサーも招聘したという情報を入れなくとも、時間をかけ綿密に作り上げられているのはヒシヒシと伝わり、それは作品全体の多幸感の溢れというのにも繋がってくるだろう。しかし、現在のBC,NRの原型を生み出しのも、「Live At Bush Hall」である事は間違いない。
ただ具体的に「Forever Howlong」とはどのような差があるのだろうか。まず今作に収録されている「Nancy Tries to Take the Night」は前作でツアーを回っている時からすでにライブでパフォーマンスを行っていた楽曲だ。しかし、その当時のライブ版と現在のスタジオ版は異なっている。以下はPrimavera Sound 2023でのライブ映像になる。
リリース前のアレンジでは、サビではヴォーカル、キーボード、ヴァイオリンの音だけになるが、スタジオヴァージョンではそれにドラムとサックスの音が加わる。過去のアレンジの方は、タイラー・ハイドの少し震えながらも響く歌声とヴァイオリンとピアノというシンプルなアレンジな故に、過去作で出してきた激情的な要素がチラついてくる。それもありコメント欄を覗いてみると、スタジオバージョンよりもこの当時のライブヴァージョンの方が好きという意見も散見される。自分もこれらの意見を一概に否定することはできない。
しかし今作の全体の雰囲気は間違いなくスタジオヴァージョンに合っている。ただ「Live at Bush Hall」に収録されている「I Won’t Always Love You」「Dancers」なども同様に過去作の雰囲気が漂い続けてる楽曲もあり、仮に前作に「Nancy Tries to Take the Night」が収録されていたらライブヴァージョンの方が合っているのだ。ここからわかるのは今の原型を作りながらも、時間などの要因により脱却してしまいたかった過去を切り離せずに作り出さざる得なかったのが「Live At Bush Hall」でもある。逆に前作のような過去と現在の要素が入り乱れている方が好きというファンもいるだろう。
「Nancy Tries to Take the Night」のアレンジの変遷然り、それではどのようにして今作の形に至ったのだろうか。それはタイトルトラックにもなっている「Forever Howlong」での制作過程、ライブパフォーマンスから紐解く事ができるだろう。この楽曲はキーボードのメイが指揮者兼ヴォーカルとなり、他のメンバーが自分たちの演奏する楽器を一度置き、皆でテナーリコーダー(学校で弾くリコーダーよりも少し大きいやつ)を演奏する。この楽曲はメイを除いて皆で一から練習し、最初は上手く弾けないところから皆で練習を重ね徐々に形を作っていった楽曲である。
コードはあったんだけど、リコーダー用にアレンジするのは耳で聴くしかなかった。だから、とても長いプロセスだった。 それに、最初のころは私たちはみんな、明らかに上手いとは言えなかったから。 でも、アレンジが進めば進むほど、曲全体が面白くなってくる。 というのも、演奏するのが上手くなってきたから。だから、この曲には、楽器の使い方を学ぶ、とても素敵な旅が描かれているの。https://monchicon.jugem.jp/?eid=2434#gsc.tab=0
彼らは「For the First Time」で完成させ「Ants From Up There」で一度崩れてしまった民主化のプロセスを今できる形で見直したのかもしれない。また前作に収録されている「Turbines/Pigs」では、最初はキーボードのメイが歌い、ヴァイオリンのジョージアが弾き、そして途中から皆で演奏を始める。これがライブでのパフォーマンスになると二人が最初に演奏しているところは、他のメンバーは皆で座り込み団欒としている。自分はフジロックで最初にこれを見た時に彼らの仲の良さであったり、楽曲の雰囲気とパフォーマンスがマッチしており非常に印象に残っているシーンであった。メンバーによっては缶ビール飲んでてすごく楽しそうであったし。
ただ、ライブの「Forever Howlong」のパフォーマンス映像を見て皆でリコーダーを弾いているのは彼らのありのままの姿であり、それは決して1stアルバムでは表に出さず、音でぶつかり合いながら表現したものでもあった。それを今作はリコーダーでの練習を重ね上達し楽曲を形作り、ライブで皆でリコーダーを吹くということで私たちに分かりやすく民主化のプロセスを打ち出してきた。彼らは原点に戻りながらも新たな手法で私たちに聴覚でも視覚でも訴えてきたということが今作の強みであり、作品を通して溢れ続ける多幸感というものをたらしめる最も大きな要素はこれではないのか。
一度原点に戻り再び辿ってきた道を見つめ直した。そして彼らは長い長い旅路を歩むことになる。Black Country, New Roadはこれからどのような新たな道を作り出していくのか。自分も彼ら共に歩んでいきたい。
文:遠藤生